集団強姦(ごうかん)などの疑いで逮捕、送検された杉本裕太容疑者(20)が横浜地検川崎支部から逃走した事件。同容疑者が逮捕された9日はNHKをはじめテレビで移送の様子が生中継されるなど「劇場型報道」の様相を呈した。NHK広報部は「近隣住民に大きな不安や恐怖を与えたことを踏まえ、総合的に判断した」と説明するが、識者からは冷静な報道を求める声も聞かれる。
映画監督・森達也さん
◆違和感持って発信を
-逮捕された後も、容疑者の足取りや居場所についての報道が続いている。
「一言で言えば大脱走劇。ある意味、ドラマチックです。だから大きく報道されたのでしょう」
-「怖い」「捕まって安心した」といった市民の声が繰り返し流された。
「メディアが不安と恐怖を強調したがるのは、視聴率や部数が上がるから。言い換えれば、それもマーケットが求めるからです。その結果、危機意識が高揚し、悪い奴(やつ)らはどんどん捕まえろという空気が醸成されていく」
「日本の防犯カメラ設置台数は世界でもトップクラス。僕は防犯カメラがそこら中にある社会は気持ち悪いと思うけれど、安心と感じる人が多いようです。日常が監視されているという危機感が薄い。やはり、それを上回る不安や恐怖が強くなっている表れなのかもしれません」
「マスコミも営利企業なので仕方ない部分はあります。でも報道する側はどこかで、違和感を持ちながら発信してほしい。今回のケースだって、容疑者が移送される様子を生中継するほどのニュースか、冷静になって考えるべきです」
-劇場型の報道と呼べるものだ。
「逃亡していたオウム真理教の高橋克也被告が2012年に逮捕された際も防犯カメラの映像などが延々と報道された。容疑者がさらし者になるのは、今回に限ったことではない」
-そんな社会が意味するものとは。
「ずっと言ってきたことだけれど、1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件をきっかけに日本は集団化が進んでいる。かき立てられた危機意識を触媒にした集団化です。集団とは歩調を合わせるもので、犯罪者というものは集団の規律を破った分かりやすい存在です。『どんどん捕まえろ』という声は大きくなっていく」
「そういう社会では同調圧力がますます強まり、少数者の意見が踏みにじられる。『私は』という主語は『われわれは』と複数化していき、すると述語は威勢がよくなる。匿名性の高いインターネットを媒介にして、集団化はこれからも肥大化していくでしょう」
もり・たつや 映画監督、作家。1956年、広島県生まれ。代表作にオウム真理教の信者を追ったドキュメンタリー映画「A」(98年)。
ジャーナリスト・江川紹子さん
◆対応の問題点明確に
-容疑者の逮捕直後から移送されるまでの様子はヘリコプターからの映像で生中継された。
「集団強姦や強盗といった容疑なので、『もし次の事件が起きたら』という不安とともに関心が高まるのは仕方ない。でも、逮捕したら逮捕したと報道すればいいだけの話。容疑者はさらし者状態です」
-そもそも逃走を許した横浜地検や県警の対応の問題点を明らかにすることこそが大切だ、と。
「今回の問題とは別に、接見室を増やそうというのには賛成です。ただ、地検川崎支部に接見室がないことが強調されているが、接見室のない地検支部は多い。接見室の有無が原因なら、逃走はもっと頻繁に起きているはず。一番の問題は接見に使われた取調室の鍵を掛けなかったこと。検察事務官も施錠せずに一時退室した」
-地検の説明では、施錠や監視の体制などの接見時の運用ルールは「決まっていない。ときどきの状況による」としている。
「緊張感のなさを露呈しました。さらに、逃走時の詳しい状況や建物の構造、なぜ鍵を掛けなかったのか、すぐに明らかにする責任があるにもかかわらず、説明は逮捕後だった」
「(逮捕から6時間近くたって)地検は次席検事が謝罪をしたが、(正式な記者会見ではなく)テレビや写真の撮影は許可されなかった。今回の事件を受け、税金を使って接見室を造るというのなら、きちんとした反省と検証結果の公表は欠かせないはずです」
えがわ・しょうこ フリージャーナリスト。1958年、東京都生まれ。冤罪(えんざい)事件や災害、若者の悩みや生き方の問題に取り組む。
◆横浜地検川崎支部からの逃走事件
集団強姦や強盗の疑いで横浜地検川崎支部に送検された杉本裕太容疑者が7日、弁護士との接見中に同支部から逃走。約47時間後の9日に同支部から約20キロ離れた横浜市泉区の雑木林で発見され、逮捕された。
県警によると、杉本容疑者は接見終了間際に検察事務官が退室した後、立ち会いの県警巡査部長に「腰縄が緩くなった」と申告し、巡査部長が結び目を確認している際に、自分で腰縄を下ろして逃走した。同支部には逃走を防ぐ構造の専用の接見室はなく、取調室を代用していた。
法務省刑事局によると、全国の203支部のうち約7割に当たる144支部に接見室がない(2013年4月時点)。川崎支部と同様に取調室を接見のために代用しており、対策の遅れが浮き彫りになっている。